太陽

昨日はshibuya eggmanでの自主企画『ライラックの香り』だった。

本当に出演を決定してくれた六組の演者にも、

来場してくれた沢山のお客様にも、ライブハウスのスタッフさんにも、感謝しかない。

 

さて、実はバリバリに体調を崩していて、昼間にいったん下がった熱がぶり返し38℃の熱に浮かされながら、

それでも今書きたい、と思ってこうしてブログ的な何かを更新しているわけなのだが。

 

別に大した内容じゃないのだが、今、思ったことを口にするだけしたいのだ。

書き終わったら寝る。どうせ誰も読んでないだろうし。

 

昨日アンコールを頂いた時に歌った「太陽の歌」について。

最近この曲を一曲目やアンコールを頂いた時に歌うことが多い。

それは私の中で本当に大きな曲だから、なのだと思う。

 

昨日MCでも言ったのだが、太陽の歌は、私にとっての太陽みたいな存在を知った衝動のままに描いた曲。

でもそれは決して燦然と輝く、暗い世界を大きく照らしてくれるような太陽じゃない。

曲の最後でも言っている通り、それは深い深い海の底に唯一届いた、細くて柔らかな一筋の太陽光。

浪さえないような暗く冷たい深海で、消え入りそうになりながら確かに照らす暖かい私の太陽。

 

今はただ愛おしい。

 

この曲は、私の太陽やあなたの太陽がいつか翳ったときに、

この曲こそが太陽になれるように描いた曲なのだ。

 

なんで生きてるのか、とか、どうして生まれたのか、とか、

よく考えてしまう私とそっくりなあなたには特に、

細くてもいいから、届くといいと思う。

 

私がこの世に生を受けた瞬間に、多分どこかでその灯火が消えた。

もしかしたら私が生まれたせいで、消えてしまったものもあるかもしれない。

それは私なんかよりはるかに尊くて、社会にとって、または誰かにとって、

かけがえのないものだったかもしれないと思うと、

益々、自分が生きてる意味を問わずにいられない。

 

これ以上長々と書くと、ただこれを聴くあなたの想像の自由を奪うだけなので、

この辺でやめておく...。

 

でも、たしかに、

たしかに私が生まれたことで、あなたが生まれて来てくれたおかげで、

私たちが必死で足掻きながら生きていくことで、

この世界は色を変えていくんだと思うのだ。

それは良い色にも悪い色にも変えることが出来るんだろう。

それってすごいことだ。それってすごい希望だ。

何もできなくても、何も持っていなくても、

私も、あなたも、生きていくことできっと、

この世界の希望になり得るんだと信じてるんだ。

 

私たちはきっと、色んなものを代償に生きてきたし、

生きていくんだろう。

でもどうか思い違わないでほしい。

あなたの命は決して悲しいものなんかじゃない。

あなたは間違いなく私にとっての、太陽なんだよ。