日付変更線の向こう側の話。

日付変更線の向こう側、について。

改めて思い出したんだって話を、ついこの間のライブで話した。

別に話す気も無かったんだけど、何となく。


あのね、

「朝がやってくる前に、

流れた星のことを思う」んじゃなくて、

「朝がやってくる前に流れた星のこと、

を想う」んだよ。

朝ってのは、なんだろうね。

どれがあの星にとっての夜明けだったんだろうね。

今となってはもう、知る由もないけど。


想いも痛みも、だんだん時間が経つのに合わせて生活の中の一部として染み込んで、最初にそれがどんな形をして生まれたのか、思い出せなくなる。ね。

私も、もう思い出せない、気がする。

慢性的に漠然と「痛い」と思っているけど、

どうして痛くしちゃったんだろう。


多分、私の後悔とか願いとか、

そういう何かだったんだろうな。これは。

多分、きっと、おそらく。


また書き出しに、

同じことを考えていた気がするよ。


それでもあなたには、

続いてく日々を愛していて欲しいんだ。

愛していて欲しかったんだ。

日付変更線の向こう側には、

次の日付変更線があって、

そうやって毎日毎日をひとつずつ重ねていくことが

誰かにとっては、私にとっても??

とても、苦痛なのかもしれないね。

でも、それが不正解とは言えないから、

こんなにこんがらがっちゃったんだ。


正解じゃないものに、

不正解って言えなかったら、

持ち出した赤ペンは何処にやったらいいのさね。

△なんて許されなくて、明確な点数も出ないのに、

人の善し悪しなんて誰が決めるんだ。

私は私で私を、決めるよ。

赤ペン、どうぞ。